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そして大島(後編)

前回(前編)とか書いてしまったから後編を書かねばならぬ。しくったなー、もう忘れちまったよ。でもまあ後半が楽しみですとコメントまでもらってしまったので書かねばならぬのだ。

写真を見ながらほとんど機能しない脳みそと横にいる妻に「何やったっけー」と聞きながら描き進んでいくことにしよう。

大島3日目はゆっくりと起き出し大島ロコのカズヤくんの案内で島を案内してもらった。とは言っても観光バスが止まるようなところはほとんど行かずまずは気になるサーフポイントをいくつか見せてもらった。

細い道に車を止めぐちゃぐちゃの崖を10分ほど降りていくと海に着く。私の記憶が確かなら「ヨーコがよっこらしょっと岩だと思って座ったのがカメだったので、それからカメジリというポイント名になった」そうだ。ホントかよ。笑
※ここで訂正。正しくはジュンコがカメに座ったのでジュンカメというポイントだそうです。横浜の人はすぐにヨーコにしちゃうからと笑われました。
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そして海の前には落ちそうで落ちない岩がある。この岩の名前は「落ちそうで落ちない岩」だそうだ。笑

島のサーファーをリスペクトして海の写真は載せないが絶対知らないとたどり着けないポイントだ。この側には海水を吸い上げて塩を作っている工場があり興味深く見物させてもらいました。

確かこの後大島の有名なお蕎麦屋さんで早い昼飯を食べたのだが、真っ黒になった我々の足をそのお店の外で洗わせてもらったんだ。変なことだけ覚えている。開店直後に入ったから座れたが続々とお客さんがやってくる人気店のようでした。

そして霧で全く見えない中をブンブン走り三原山の中腹へ。晴れれば良い景色なのだろうけど全く何も見えませんでした。笑
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もう頭の中はぐちゃぐちゃだ。ここから写真を見ながらコメントさせてください。順不同です。
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いろんなガイドブックに載っているバームクーヘンの崖。僕はそれよりカズヤ君の軽ワゴンがお気に入り。

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バームクーヘンの先にはピョコンと飛び出した筆島がある。ここもサーフポイントだそうだ。

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ここは島の西側。自転車道路がずっと続き最後まで行くと海が綺麗になりビーチダイブをやっている人が数人いました。

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ここは若者の立ち寄るインスタスポットだそうだ。

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そして大島はゴジラの島なのだ。

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意外とうまかった。

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島中にブラットハウスの看板があるので「ブラットの家とは何なんだい?」と聞くと「行ってみます?」と連れて行ってもらったが「ぶらっと立ち寄る土産屋」のことで新鮮な野菜やソフトクリーム、色々な大島土産が売られていました。高くて旨くもないハワイの野菜に比べると新鮮で値段も安くカナちゃん狂喜。

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大島といえば椿。そしてここは椿館。「おー誰もいなくていいぞー」と中に入ると季節外れで椿の花一つもなし。誰もいないわけだ。笑

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最後に風呂入っていこうかと港のそばの混浴温泉は水着着用だが気持ちよし。遠くに見えるのは熱海周辺らしい。これでたった300円。ポカポカ温まってから大島ー久里浜のジェットフォイル船に乗りました。

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一也君、ヨシエお世話になりました。船の別れはなぜか寂しい。

初めて行った大島良かったです。東京からたった1時間でこんなにのんびりした島に来れるなんてね。普段スペースのたくさんある場所に住んでいるので渋谷や品川の雑踏に行くと叫び出しそうになってしまうのだが、この島は人も車も少なく綺麗な自然も残っていてナイスだ。天候には恵まれなかったが何だか近所に居心地の良い島を発見してしまった気がする。このあたりでのんびり宿でもやりながら時間のあるときに他の伊豆七島を探索するのもいいんじゃないかいと単純な私は妙に夢が膨らんできました。







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そして大島(前篇)

前回の日本旅行は御蔵島にドルフィンスウィムに行くつもりで宿も船も予約していたのですが海が荒れイルカツアーを主催する宿の方からキャンセルの連絡が入りました。ウエットスーツもフィンも新調していたのに残念ですがこればかりはしょうがない。そのまま何もしないのも悔しいのでそれでは荒天でもボートがキャンセルになりにくい大島に行こうと決めて島在住の友人に連絡を取り初めての伊豆大島に行ってきました。

予備知識も全くなく降り立ったのですが港から歩いてレンタカー屋さんに。前回は千葉のレンタカー屋で海外の人はダメと断られた経験があるので「海外に住んでるので国際免許なんですが大丈夫ですか?」と聞くと「普段運転してるんですよね、問題ないです」とあっさり借りられたが、横にいた大学生っぽい男4人集団は免許書を持っているもののやや大きい車しか残っていないということで「日常的に運転していない人は申し訳ないけど貸せません」と断られ気の毒でした。なんでも事故率が多いので上からそういう御達しがきてるそうだがこれアメリカでやったら「ふざけるなー」と大ごとだよね。

1000ccくらいの小さな車を信号や渋滞のない狭い道路を走らせると遊園地のゴーカートを運転してるようで面白い。マウイ島に似ている島もコンパクトで多分1時間半くらいで一周できそう。ハレアカラ火山の代わりに島の真ん中には三原山がある。運転を楽しみながらあっという間に着いたけどあいにくの霧と雨。ちょっとだけハイクして下山。知らない場所を感覚で走り回るのは大好きなのでいつでも自分で運転したい派だ。

時計と反対回りに海沿いの周遊道路を走っていると波浮港という美しい港についた。初めてなのになんでハブ港と読めたのだろうと自分でも不思議だったが、マウイ島に戻り都はるみの「アンコ椿は恋の花」を偶然に聞くと「これだったんだ」と閃いた。子供の頃から耳に残っていた歌謡曲は忘れませんね。改めて聞くととても良い歌で都はるみの歌のうまさに驚く。相方のカナに「これ聞いてみ」と聞かせると「上手いねー、ぜひあのコブシでロックを歌ってほしいねー」と意見が一致した。

三日遅れの 便りを乗せて 船は行く行く波浮港

これだったんだな。 2番は「三原山から 吹き出す煙 北へなびけば 思い出す 惚れちゃならない 都会の人に」と続く。なーるほど、北に行ったら東京だもんね。子供の頃なーんにも考えずに聞いていた曲が意味を持って迫ってくるのは嬉しい発見だ。

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初日は「赤門」という昔ながらの旅館に泊まりました。黄色い畳と煎餅布団、初期のウォッシュレットとやや惜しいのだが部屋にあるお風呂はとても立派でした。
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夜ご飯は美味しいよと仲間から聞いていたフレンチレストランへ。電話をするとコース料理しかないというが「いいですよ」と予約時間に行くと最初から最後までゲストは我々のみでした。我々のために店を開けてくれたらしいが出てくる料理が全て美味しいので舌を巻いた。島の食材はオーナー自ら収穫してくるらしい。美味しいお酒と食事でご機嫌になった我々はオーナーと団欒。吉田拓郎のラストコンサートにマウイから来たと知るとなんとも素晴らしい音のするステレオで拓郎のCDをかけてくれる。「僕も好きだったんですよ」と。だから同世代は楽しい。良い時を過ごしぷらぷらと歩きながら宿に帰りました。

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いつものように早朝に起きると都会から来たであろう自転車若者集団が颯爽と雨の中を走って行きました。朝飯が7時半からなので近所の海っぱたを一人散歩。面白い景色がたくさんありました。

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大島ブスじゃありません。

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ヤバさ満載の港の飲み屋。

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入り口ここしかないよねー。

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すぐに倒れそうな海っぱたの住居。

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正しい島の光景だ。

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メッカリ。フランス料理屋で食べたのこれだ。

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イサキ。これは地元横浜にもよく居たな。

いろんな風景に一人ウケているとずっとパトカーがついてくる。早朝なので怪しいものと間違えられてるのかとぐっ睨むと若い警官がニコッと手を振ってきた。後でそのことを島在住の一也君に話すと「あいつサーファーなんで毎朝波チェックしてるんですよ」と聞いて納得。なんとも平和な島だ。

宿に戻り昔ながらの旅館で定番の朝メシ。出されれば食べるけどどちらかというと朝食は和食より洋食派だ。朝から魚は口の中がどうもね。食後に期待しないでコーヒーを頼むと「インスタントでよければ」と出してくれたが意外と美味しかった。むかし西表島のマルマ荘という宿に一人で泊まった時は友人の徳ちゃんが朝方「ヒロさんコーヒー飲みたいでしょう」と持ってきてくれた時は嬉しかったな。旅行者というのはそんな些細なことを覚えているもんだ。

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朝食が終わり部屋に戻るとお布団がすっかり片付けられ綺麗になっている。あー御飯時にこういうことをやるシステムなんだとやや驚き、チェックアウトで清算すると昨晩ビールのツマミに食べた柿の種まで一袋300円チャージされていた。ビールに値段は書いてあったが柿の種は書いてなかったのでサービスかと思ったのだが人生甘くない。これも食事時に冷蔵庫の中調べたんだね、なんだか怖いぞ。

いろんな意味でカルチャーショックだった昭和風旅館「赤門」をチェックアウトし島をドライブ。東京都の調査船に乗っている一也君が波浮港に着くのでお迎えに行く。早めについたのでその港の上にあるカナの行きたがっていた鯛焼き屋へ。かなり有名みたいで店内はツーリストでいっぱいだがなるほど立派な羽根つき鯛焼きでした。

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そして波浮港脇のコロッケ屋が美味かったので二度目の訪問。ここの旦那さんもサーファーで一也君たちの波乗り仲間らしい。狭くて楽しいサーファー社会。
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波浮港、正面の大きな調査船で沖之永良部島から戻ってきた一也君をお迎えに。

ここからは大島ローカルサーファー一也君に全て世話になり彼の家に宿泊。母屋の横には自分で作ったというツーカーガレージがあり、中はサーフボードだらけ。まるでマウイの我が家のようです。
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旅館よりよっぽど落ち着く一也君の家。夜はスーパーで魚を買うと綺麗な刺身みに捌いてくれる。酒がすすむと一也君がギターをつま弾きルート66。ボーカルも玄人はだしだが選曲も渋い。時々前述のフレンチ料理やさんで歌っているそうだ。
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天候こそすぐれなかったが新しい場所はいつでも楽しい。
良い仲間と良い酒、最高です。

続く、、、。











今はまだ人生を語らず

6月後半から7月前半までの2週間、日本に行ってました。通常春、秋に行っているのでこの梅雨の時期に帰ったのは何十年ぶりだろう。毎日曇りと雨で太陽を拝んだのは最初の日と帰りの日くらいだったかもしれない。

アメリカの独立記念日の7月4日は私と妻の30回目の結婚記念日でアフリカに行こうとかヨーロッパに行こうとか妻は夢を膨らましていましたが、7月3日にパシフィコ横浜で行われる吉田拓郎さんの最後のコンサートをどうしても観たいという私のわがままを受け入れてくれ、母の容態を見舞うついでに青春時代大いに感化された拓郎氏のファイナルコンサートを観ることができました。

そのコンサートで印象的だったのは「この歳まで生きているといろんな不幸や心を寄せなければいけないことがたくさんあるのですが、私は不謹慎かもしれませんが昔のことを思うより半歩でも前に進んで生きていきたいのです。」との言葉を裏付けるようにコンサートでは僕らの記憶に残っている昔の歌ではなく今の歌を数多く歌ってくれました。「この歌みんな知らないでしょう?アルバム買いなさい」と相変わらずラジオのような軽妙なトーク。「洛陽」の前奏をジャーンジャーンジャーンと生ギターで弾き客席がウォーとなったところで「こういうのはやりません」とがくっと裏切られましたが、いつの時代にも神田川や心の旅、22歳の別れなどを歌っているあの方達よりは数段かっこいいじゃないですか。

最近拓郎の歌を聴きだした相方は昔の歌より今の歌の方が好きなようで、私も昔の熱い時代の曲は思い入れが多すぎるのでクールダウンして最近では今の拓郎さんの曲を聴きこんでいますが大昔の「ともだち」を歌われた時には涙腺崩壊してしまいました。

アンコールでは「この指とまれ」。この歌は拓郎の真骨頂、当時のニューミュージックの甘ったるい人たち(アリスや長渕剛)をバッタバッタと切り捨てて小気味好い。

この指とまれ この指とまれ 君のまわりは変じゃないか 何か気づいた事ないか あいつはいつもの 笑顔でいるけど 胸の中にまたひとつ やばい事隠してる 友達づらして 手招きするけど 俺ら あいつを見捨てたよ この指とまれ この指とまれ ガキの遊びじゃあるまいに 俺ら お先にチョイトゴメン 俺ら お先にチョイトゴメン

信じることは義理じゃない 人の自由って何だったい 言葉たくみな奴等も だけどすべてにおさなくて あやつるつもりが 気づいたら不自由で 出まかせ言うな 愛など語るな 俺ら とにかく 大キライだね この指とまれ この指とまれ 甘いケーキは食えないよ 俺ら 明日にチョイトゴメン 俺ら 明日にチョイトゴメン

浮かれてるのは誰だってさ やましいこともあるもんだ 逃げたからって アンタなんかに ひきょうだなんて言わせないぜ 外の景色も人の心も 変わってきたけど 人間なんだ 忘れちゃこまるよ 俺ら 気ままでいいんじゃないか この指とまれ この指とまれ なぐさめもないのに 俺ら とにかくチョイトゴメン 俺ら とにかくチョイトゴメン



恥ずかしいけど思わず右手の人差し指上げちゃいました。

最後の最後は「人生を語らず」今はまだまだ人生を語らずって歌詞を72歳のタクローが歌うところがすごい。まだまだ先に続くようでいいじゃないですか。

恥ずかしいけどみんなと一緒に拳を振り上げちゃいました。

日本旅行のブログを書こうと思ったのに吉田拓郎賛歌になっちゃいましたね。タクローちゃん、服装とか演奏はあまりかっこいいとは思わないけど(どちらかというと野暮ったい)自分に正直なこの方がとても好きです。
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